宗教に対する中傷禁止vs表現の自由!?2010/03/19 11:55

こんにちは、土井香苗です。

今回は、国連人権理事会定期会合に提出され3月26日の最終日ころに投票されるだろうと予測されている「宗教に対する名誉毀損」(Defamation of Religions)決議案について、少しお話したいと思います。

この決議案は、パキスタンがイスラム諸国会議機構(OIC)を代表して、今年も国連人権理事会に提出しました。簡単に言うと、「宗教に対するあらゆる誹謗中傷を撤廃すべく新法を成文化せよ」と国連構成国に促すものです。同案では、特に911以降のイスラム教に対する差別が指摘されています。

確かに911以降、例えば西欧諸国を中心としたマスコミによるイスラム教の描き方には、中立とは言い難いものが見られます。そういう状況の中、この決議案も一見「もっともだ」という感じがするかもしれません。最近では、スイスでイスラム寺院の尖塔建設を禁止する法律が成立したりと、テロへの恐怖感を背景にイスラム教に対する差別が広がっているのは確かです。

ところが、ヒューマン・ライツ・ウォッチをはじめとする多くのNGO団体は、毎年繰り返し提出されているこの決議案に、反対し続けています。今年3月初めからスタートした国連人権理事会の定期会合でも、各国代表に反対票を投じるよう、3月11日付けで書簡を共同で送りました。

「宗教に対する誹謗中傷禁止」を、この決議案で提案されているように徹底してしまうと、宗教に関する議論そのものをも制限することになるからです。つまり、各宗教上の信条に対するあらゆる議論、コメント、そして批判を自由に交わすことが、「不敬罪」や「侮辱罪」などとして違法扱いとなってしまう可能性が大いに出てくるのです。これはまさに、「表現の自由」の制限です。どういった問題が考えられるでしょう?

ある宗教戒律または習慣の下で、人権侵害を受けている人びとがいるとします。例えば、イスラムの名の下で女性差別が正当化されている場合や(そうした場合も実はイスラム教の法典に女性差別が本当に規定されていることはほとんどないのですが)、宗教を変更することを禁止されている場合など。そこで、現地の女性活動家や私たちのようなNGO団体や人権活動家、宗教上の少数派が、女性の権利や宗教の自由について主張した時、政府当局が「我らの宗教戒律・習慣を誹謗中傷している、これは違法である」と沈黙を合法的に強いることができるようになる、それがこの決議案の提案です。

国際人権法は、宗教による差別を禁止していますが、宗教そのものを保護してはいません。宗教に対する批判を禁止してはおらず、逆に表現の自由を保障しています。

そして、法律が弾圧のツールになるのはもってのほかです。実際に、政治的な有力者に対する批判を、「名誉毀損罪」だとして人権活動家やジャーナリストを訴追する例は後をたちません。政治的な有力者のみならず、宗教的有力者のみならず、「宗教そのもの」への批判を禁じることは、有力な宗教グループによる少数者への弾圧の危険もはらむものです。

西欧諸国のほとんどは例年、この決議案に国連総会、人権委員会双方で反対しています。これに南アメリカ諸国なども続き、その動きは年々強くなっています。ところが日本政府は昨年、国連総会、人権理事会共に棄権票を投じました。

日本政府も、各国の反対の流れに従い、そして何より人権保護国であることを世に示すために、今年こそこの決議案に反対票を投じるよう、ヒューマン・ライツ・ウォッチも強く働きかけています。この問題では、「棄権」による沈黙が、反対よりも同意に近いと解釈される危険もあります。なぜなら本来、表現の自由を明らかに侵害する恐れのある決議案に、日本が反対しない理由はないはずだからです。

ぜひ今年は、人権理事会会合の最終日(3月26日)ころの投票結果にご注目ください。皆さんの目こそが、今後この問題に正面から真摯に日本政府が取り組むための、最良のモチベーションとなるはずです!

※国連人権理事会会合のリンクはこちら